●『房総カフェ5 千葉県のテクスチャー』発刊に寄せて〜「始まり続ける」

「始まり続ける」

 

約二ヶ月前のインスタグラムの投稿で、BOSO DAILY TOURISM』を作るもうひとつの動機が、いわゆる「カフェ本」「カフェ巡り」へのアンチテーゼであると語った。編集室が一番初めに出版した『房総カフェ 扉のむこうの自由を求めて』の巻末に掲げた

 

『房総の魅力の本質は、消費を促すだけのガイドブックでは表現できません』

 

という言葉に自信が持てなくなったことが、『房総カフェⅣ』を出版して以降、6年間カフェの本を出さなかった所以なのかもしれない。

 

一方その間も、心を揺さぶられる場所や、その言葉を紡ぎたくなるような人たちとの出逢いがあった。振り返ってみて特に印象深かったのが、野田市にある

 

「旧中村商店」

 

だろう。実は、ここ自体は一括りにカフェと呼べる場所ではないし、NPOの代表としてこの場を統括されている木全さんも、別にカフェの経営者ではない(「ヘアーラウンジ余韻」という美容室を営まれている)。中村商店という場が、様々な人に様々に手を入れられていく中で、たまたま一部をカフェとして活用する人が現れたという、そういうきっかけがあったに過ぎない。

 

だが、インタビューさせていただいた木全さんの自然に興る街の在り方、ものづくりの捉え方、店や建築物のスペックを語るよりも人を見つめる眼差し……。街や店、建物、ものづくりや人を語るその言葉はカフェの本質をも突いているものだと感じた。私は迷わず、この本に載せるべきだと思った。

 

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「時間とお金を計算して生きてる」よりも

「時間がかかってでもいいものを作りたい」。

 

そういう「手の職系」の人たちが好きであると木全さんが語った時、cafeキャトルの赤間さんが、

 

「やってみたいことって、やれない理由を探しがちじゃないですか。たまたま私たちは(カフェを)やらない選択を取らないように一生懸命準備して、これは自分たちでやれるねっていう範囲を広げていこうと進んで行ったんですね」

 

と話していたのを思い出した。コスパ、タイパじゃ捉えられないパッションがある。そこに人は惹かれるのだと思う。

 

料理の視点からは東ノハテノ国の大山さんが、自身で綴ったエッセイにこう記している。

 

『本当に美味しいものを食べている人とは、自分で食材を調達し「料理」ができる人なのだ。玉ねぎ一個、ジャガイモ一個の味の違いが分かり、空腹の辛さを知っていて、美味しい食材がある場所を見つけられ、家族が喜ぶ分だけ美味しいものを作れる人』

 

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大山さんは久留里に店をオープンするに際し、

 

「久留里らしさ、土地の魂がどういうところにあるのか」。

 

その問いに対して腑に落ちるまで、この地の歴史を学び、生産者の元を訪ね歩いた。こうして地域の芯となるテーマに向き合う店主もいれば、自身に向き合う人もいる。

 

「自分の感覚に正直に生きること」

「人間らしさとは何か。どう生きるか。そういう〝大きいテーマ〟にちゃんと向き合うこと」

 

SPAiCE COFFEEの紺野さんが抱え続けている「葛藤」こそが、「問う」ことのきっかけを静かに提示している。

 

「今そこにいる人たちがどう生きていくのか、どういう暮らしを送っていきたいのかを、しっかり見た方がいいんじゃないか」

 

とき々堂の片岡さんもそう語る。

 

街や地域にしろ、店にしろものづくりにしろ、衰退の本質は、その「問い」が「問われなくなっていること」にある。

 

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個々人、そして地域、ちいさい主語から大きな主語まで、それぞれの本質を問い続けた中で、「調和」が大切であると話したのが銚子市、Around the Cornerの大木さんだ。

 

「ラグジュアリーな消費だけじゃなくて、銚子だからこその〝贅沢〟がある。それは、店と土地が調和しているからこそなんですね」

 

南房総の田舎の港町的感性で、それをひと言で表現した、老舗カフェのマスターがいる。

 

「粗野な洗練」

 

Sand CAFE、込山さんのこの言葉はそれぞれの地域ごと、店ごとに相応しい言葉があるだろう。それは何かと探求する作業は先の問いに、感性(センス)という光を注ぐことである。

 

「街がどんどんダメになったねって、その引き算ばっかり見てるような『思い出迷子』になるよりも、自分が住んでる街は、やっぱりいい街だって言ってたいじゃないですか」

 

この木全さんの言葉は、今回の本づくりで取材に巡る中でとても気に入った言葉だった。

 

街も、店も、人も、始まり続けている。

 

印刷所から本が納品。

 

ひと足早く届いたカバーは、A3一枚の紙に二冊分を刷って紙の廃棄部分をなくした設計に。自分で紙を切って、自分でカバーを巻くからこそできる無駄のなさです。

 

本は、作って終わりではありません。

届けて、伝わってこその本づくりだと思っています。

ここからが第二のスタート。本づくりも始まり続けます。

 

「千葉・房総の名刺となる本をつくり、届けます」

 

取材・掲載にご協力いただいた皆様に改めて感謝申し上げます。

 

そして、「届ける」に際して、きっとまた多くの方のお力をいただくことになると思います。一人で模索しながらの超零細ものづくりでありますが、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 

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