好きという感受性、まちを愛する心を編集する〜多様性という個性の輝く信州・善光寺「ナノグラフィカ」へ再び

情報のあり方よりも大切なこと

ステレオタイプなシェアオフィスやシェアハウスよりも、もっと地域と人の成りゆきの中でごちゃっと集まっていった感じ。その結果が、ナノグラフィカさんの佇まいなのかも。右の写真はナノグラフィカさんが発行する小冊子『街並み』。『自分が住んでいる街の写真集があったらいいな』という想いから生まれました
ステレオタイプなシェアオフィスやシェアハウスよりも、もっと地域と人の成りゆきの中でごちゃっと集まっていった感じ。その結果が、ナノグラフィカさんの佇まいなのかも。右の写真はナノグラフィカさんが発行する小冊子『街並み』。『自分が住んでいる街の写真集があったらいいな』という想いから生まれました

一年半ぶりに信州・善光寺へ。

浴衣を着ている女性が多く、さすが門前の景観と合うなぁなんて頷いていたら、この日は「善光寺お盆縁日」の日。日が落ちてから訪ねた善光寺はすごい人出でした。

昭和初期頃まで行われていた盆踊り会を復活させたものだそうです
昭和初期頃まで行われていた盆踊り会を復活させたものだそうです

表参道から一本裏の筋に入れば、漆喰壁と瓦のモノトーンの街並みに、古い商店と、若者たちが始めたカフェやゲストハウスなどが混在しています。善光寺界隈は、店と、人との新旧の距離感に、違和感を感じさせるものがありません。ここがすごいんだよなぁと、訪れるたびに感嘆してしまいます。

善光寺界隈、歩いていてわくわくする愉しいエリアです
善光寺界隈、歩いていてわくわくする愉しいエリアです

今も私が愛用品として使っている、三河屋洋傘店さんの紳士傘。

傘を開くと、当時思い描いていた地方での暮らし・生業と、今自分自身が勝浦市の古民家で生活している日常が、繋がっているのだろうかと、ふと考える時があります。前回、この三河屋さんと、リトルプレス『街並み』を発行している「ナノグラフィカ」の喫茶室「金斗雲」を訪ねました。

軒下にぶら下がる黄色い子供傘が目印の「三河屋洋傘店」さん。はす向かいの古民家がナノグラフィカの喫茶室「金斗雲」です
軒下にぶら下がる黄色い子供傘が目印の「三河屋洋傘店」さん。はす向かいの古民家がナノグラフィカの喫茶室「金斗雲」です

ぐるっと千葉時代に訪ねた新春の善光寺で見聞きしたことは、地方で暮らすことをより鮮明にイメージさせ、移住・定住ということを考えさせました。そして、地域内におけるメディアや情報の、レイヤー構造の存在を意識させるものでした。房総だけみても様々な地域レベル、コミュニティレベルのポータル的webサイトが生まれています。


一方で、KADOKAWAが全国に地域編集者を配置して情報を統括しはじめていたり、地域コミュニティの部分からマガジンハウスの「COLOCAL」のような全国規模の編集がなされたりもしています。一見、全国規模の情報網と地方レベルの情報発信の、情報構造の二極化のようにも見えますがそんなに単純な構造ではなく、タテヨコ様々なレイヤーが入り組んでいる状況です。


必要な情報を求めたいとする情報活用者(情報消費者)たちも価値観や情報リテラリー、地域などでカテゴライズされつつも、その活用者グループも重なり合った状態です。それらのネットワークがどのレベルまで必要なのか否かという問いに、今も答えを出せないでいます。でも、自分が佳いと思ったこと、好きなこと、伝えなければならないと感じたことを編集していくのは今も変わらないですね。(イカンかもしれませんが)戦略的にどうこうってよりも、だってね、書きたいんですもの(笑)。


この前、久々にぐる千葉の編集長にお会いし、この入り乱れる情報構造の現状についてぶつけたら


「結局、最後はキミの繋がりなんじゃないかな」


との答えが返ってきました・・ナルホド。


・・・・・そう、善光寺を訪ねると、思考が飛躍してしまいます。前回の飛躍っぷりは、ぐる千葉時代のblogに記してありますので、よろしければご覧下さい。「繋がり」を考える基層にあるのが、「お互い様」の精神と、その結果としての多様性織りなす地域の姿、なのかなと。


 

ぐるっと千葉時代のblog(この頃の方が文章、尖ってましたね・笑)


「まちなみカントリープレス」&「ナノグラフィカ」×信州善光寺イントロダクション~「まちの編集」の足跡を辿る界隈散歩


経済成長時代の地域活性化という古い価値観を超える信州善光寺界隈(1)門前暮らしの魅力をジワリと発信する「ナノグラフィカ」の界隈編集という姿


経済成長時代の地域活性化という古い価値観を超える信州善光寺界隈(3)次世代に希望を降らせてきた「三河屋洋傘専門店」!継承されるべき地域のプライドは紙媒体の存在意義そのものでもある!!(後編)

 


 

前置きが長くなりましたが、今回善光寺に足を運んだのはほかでもなく、古民家暮らしを始めた今、古民家編集室の「ナノグラフィカ」さんにお話をお伺いしたかったからです。

大正時代の町家を活用した喫茶室「金斗雲」。奥が編集室です
大正時代の町家を活用した喫茶室「金斗雲」。奥が編集室です

■ナノグラフィカ →  ● 

が、この日は善光寺お盆縁日への出店のため、スタッフの方がほとんどいない状態。おっと、想定外!とのけぞりつつも、ナノグラフィカ二期生の女性スタッフの方に少しだけお話を伺うことができました。


ショップカードに


『企画・編集・喫茶・ミニギャラリー・手作り雑貨・まち案内』


とあるように、様々な展開をされているナノグラフィカさん。

そもそもは、ライブハウスで活躍していた一期生のシミズさんたちが、その時の熱量を一過性ではなく維持できる場がほしい、そして紙を編集できる場が欲しいと、この大正時代の町家に入るところから始まります。

杓子定規な観光案内人ではなく、ゲストハウスや書店の店主など、街の老若男女、面白い方々が界隈をガイドする「ながの門前まちあるき」も企画
杓子定規な観光案内人ではなく、ゲストハウスや書店の店主など、街の老若男女、面白い方々が界隈をガイドする「ながの門前まちあるき」も企画

家賃のことがあるので、住んで生活し始めました。

 傘屋の三河屋さんには随分お世話になっています


居住スペースと編集室を兼ねた古民家は様々に活用され、様々な人が集うようになりました。


「喫茶室は会社のロビー的な空間です。

 通り沿いにいきなり事務所のパソコン並べたら入りづらいでしょ。

 シミズはライブハウス時代からクラフトマンの友人が多かったので、

 企画展示をしようかと。

 情報交流の拠点・・・といったら言い過ぎかな。

 情報交流の入口として

ちょっとティータイム・・・
ちょっとティータイム・・・

町家の中は様々に活用されています
町家の中は様々に活用されています

「ここは公民館にもなってるんです(笑)。

 この町には公民館がないんです。

 おじいさんが祭りの後集ったり。

 お酒をもってくることもありますね。

(界隈の商店は)代々やっていて、うちなんかはまだ10年。

 若者でオシャレなことばかりするんじゃなくて。

 こういう伝統のある町ですから、なお。

(善光寺界隈は)尊重する場なんです」


また、この古民家に住んでいた家族の子育て空間にもなったそう。


「近所のおばちゃんに見てもらったり、

 ナノグラフィカのメンバーに送迎してもらったり。

 地域に委ねてみてもいいですね」


二階の親御さんが一階の編集室や喫茶室のスタッフに子守りをお願いしつつ、お客さんでやって来たおばちゃんが子どもをあやしてくれたり相談にのったり・・・そんな愉しい子育ての情景が思い浮かぶようです。


ナノグラフィカで発行している『街並み』は奥山印刷工業さんで印刷されているそうですが、


「ほんとに印刷代のみ。

 これ以上は下げられないっていう価格でやってもらってます。

 奥山さんも製作メンバーの一員と、

 思っていただいています」

冊子のうしろに毎回ついているイラスト付レポートも読み応えがあります
冊子のうしろに毎回ついているイラスト付レポートも読み応えがあります

「よく、ダイレクトに

『この地域にはない業態の店をやりたい。何がないですか?』

 と訊かれます。

 でもそれはひょっとしたら、

 なくても成立し得るものなのかもしれないですよね。

 自分がやりたいことと、

 この地域のことを考えてやられるのがいいかと思います」


やった方がいいことと、やりたいことの違い。

私の中で最近、よく響いてくる言葉です。


「自分の持ってる技で勝負して。

 儲かるか、ではなく。

 でもお金がちょっと・・・ってこそっと地元の方に云うと、

『うちの地区でなく、ほかのところからにしてよー』

 なんて答えが返ってきつつ、なんとかなっちゃったり(笑)。

(同じ通りにある)パスタ屋に、

 地元のおじいちゃんがポロシャツ着て通ってくれたり。

 新聞を発行したら、

『うちの地区でも出してよ』

 って声がかかったり。

 そういうことでまわっている感じです。

 メンバーは(ナノグラフィカの活動のほかに)それぞれの技をもっています。

 カメラにイラストレーター・・・私は洋裁。

 それぞれの持ち味を活かしながら」

ナノグラフィカさんによりまとめられた地域の『門前しんぶん』
ナノグラフィカさんによりまとめられた地域の『門前しんぶん』

自らの特技、好きなことで地域で活躍できる。

そんな多様性を受け入れてくれる地域。

この地のように、地域の編集、人の編集がなされていくことで、

気が付けば地域は一人ひとりの個性が輝くところになっているのです。

好きという、感受性を忘れずに。