世代を超えて愛されるパンを
工場閉鎖までの期間中、尾辻さんは会社勤めの傍ら家の改装に着手し始めました。
「最初は倉庫を改装しようと考えたんですけど
水回りや電気関係が大変で。
そこで『リビングを私に頂戴!』と
夫にお願いしたらOKしてくれたんです」
と、尾辻さんは笑いながら当時を振り返ります。旦那さんも改修を楽しまれていたようで(?)、ホームセンターで購入した鳥避け用のフクロウの置物を屋根の上に設置。
「パン屋はあそこのフクロウの家ね」
などと云われるようになったそう。
新古品の製パン機械もネットを通じて入手できました。また、小中学校の模擬店などに出店しながらパンを販売していたことで、後々のお得意様と繋がっていくことができたのです。
「仕事は好きじゃなかった、
お金を稼ぐ手段のようで。
そして『ありがとう』がないんです。
こうやってみましたって言ってみても、
やって当たり前でしょって。
辞めて良かったんだ、
案ずるより産むが易し、と思います。
でも、26年間の勤め生活にも感謝もしてるんです。
我慢することが身に付きましたし。
辞めてから自然と(色々な人と)繋がるようになっていきました」
一方で、尾辻さんは
「ブルーになったこともあります。
一時期、パンの練習に入る事すら嫌になったことがある」
と打ち明けます。スペインに巡礼の道を歩きに行く機会を得たのは、そんな頃でした。
「みんな仕事していなんです。
スペインの男の子が『就職活動中なんだ』って。
どこに就職したいの?って訊くと、
『マカオに自家用ジェット持ってる富豪がいっぱいいるだろ?
そのパイロットになりたいんだ』って。
自分の地域、いや国すら越えているんです。
日本人ってなんて考えが狭いんだろうって思った。
向こうの人は、お金が無くても歩きに出る。
お金が無いなら無いなりに楽しむ人たちがいたんです。
帰国したら、自然と
『さあ、パン屋やろう!』
っていう気持ちになってましたね」
そして2013年1月、田園の片隅でオープンの日を迎えたのでした。
当初はこのような場所ではお客さんは来ないのではと、ご近所さんから心配されましたが、今では毎週予約が入るほどです。
店は一人で切り盛りしていますが、そのパンの種類は多岐にわたります。
「このパンだけ、という風にはしていません。
でも、自分の個性、芯はしっかり持つようにしています。
結局はおいしくなければ、
おいしさを評価してもらわなければ」
そう語る、尾辻さん。
ほんとうに幸せを感じられる生き方、仕事のあり方を、葛藤と迷いの中から少しずつ見いだしてきたその「生きる軸」は感謝の心となって、パンの楽しそうな表情、そしてそのおいしさとなって滲み出ているのです。
「地元の農家の方がお茶菓子用に買ってくれて、
子どもたちは駄菓子屋感覚で立ち寄ってくれる。
片手にパンを持ちながら、食べながら帰ったり」
そんなことを、「気さくな店主」に話すと、
『そうそう、パン屋ってそうあるべきなんだよ~』
と、エール贈られました。
では、次は「気さくな店主」にエールを贈られた、もうひとつのお店を訪ねてみる事にしましょう。
■手作りパン M.ROSA(ロサ)
木更津市大稲158-3
10時~16時(売り切れ次第終了)
月・水・金・日定休
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