例えば旅先のこと。
不意に現れた山里で、暮らしやが淡々と繰り広げられる光景を目の当たりにした時、旅人である自分の非日常性と、目の前の日常性との間で〝ズレ〟が生じる。その揺らぎに戸惑い、感受性のアンテナを冴え渡らせると同時に、実は自分自身の日常も心象に投射している。
…新たな世界を知るとは、そういう事なのかもしれない。
〝日常観光〟とは、各地域地域に、パラレルに存在している日常を知覚する観光の在り方のことを指す。本書は房総半島南部にフォーカスした『BOSO DAILY TOURISM』(2018年刊)の続編として、千葉県北部〝北総〟と呼ばれるフィールドを日常観光する視点で編集したものである。
本書発行時の2020年8月時点においてもなお、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックによって、日常の定義すら揺らぐ。当初、取材は3月迄にほぼ終えていたが、緊急事態宣言解除後の6月、7月に追加取材を行い、「Interview
after Interview」…取材後の取材として記事を加えた。結果、日常に対して「主体性」を持つことの重要性をひしひしと感じたのだった。
「見えないことに対する想像力が、生きる力に繋がる」
「自分にできることの選択肢を増やす」
「常識を超えるための失敗する余白を持つ」
「〝本物〟や〝本来〟への原点回帰」
そしてそれらを「毎日コツコツ積み重ねる」こと。
北総を舞台に、主体的な在り方で生きてきた人たちの言葉はコロナ禍の今、改めて私たちにこれからの生き方を問いかけている。香取市で活動する福祉楽団の照井さんは、何か面白いことができるかもしれない…そう感じさせる可能性のようなものこそが〝地域の魅力〟だと語った。その魅力を観光で感じ、日常を想像/創造する。本書がその一助となれば幸いなことこの上ない。
(本書前文より)
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編集室10冊目となる本書。節目にして最大の難産となった。
これまでは、取材先の選定やページ数の確定、デザイン、紙の選択、出版タイミングなど、自費出版のメリットを生かしてフリーハンドな編集をずっとやってきた。時には別刷りしたペーパーを自分で手折りして、オリジナルのブックカバーにしたこともある。
いずれにせよ、取材活動の中盤~後半あたりになると、本の「完成像」がなんとなく見え始め、取材後はゴールに向かってひたすら全力疾走すればよかった。が、今回はコロナ禍が、そうさせてはくれなかった。
5月の段階で編集方法・方向を変え、追加取材を決めた。それはさらに思考する時間となった。interviewに伺った boulangerie petit maison の寺田航さんが、
「与えられた時間ですね」
と仰ったが、正にその通りだと思う。
今回は北総と呼ばれる千葉県北部をフィールドに編集したが、千葉県の知性が集約された一冊と言ってもいい。本当に素晴らしい人たちに出会えたと思う(度重なる出版延期にお付き合いいただき恐縮しきりであった。本当に改めて感謝申し上げます)。
今はなかなか大手を振って観光に出歩くのは難しいかもしれないが、まずは北総の人たちの言葉に触れていただければ嬉しい。
本と付録のMAPが、それぞれの印刷所から納品された。MAPを織り込んで本に挟み、ようやく本は完成となる。…いや、仕事はここから新たなスタートとなる。編集室に本が到着した時点で、私は「作り手」から「届け手」になるのだから。