まさかこんなところで「あのパラソル」が立っているとは・・・
Posted on 2015.10.28
記憶が再び旅にいざなう瞬間がある。
秋枯れの田園の上に
どこまでも高く伸びる空。
里の音を吸い込みながら、
その空に秋風が舞い上がってゆく。
その霞の向こうに、
あの時に見た風景があるようで。
また、それは時には
ブナ林に漂う粒子のような森の匂いだったり、
鮮やかな色と見えない光の
折り重なる一瞬の配色だったりする。
◆
秋田在住時代、
秋田を離れると決めてから、
秋田を縦横無尽に巡り始めました。
秋真っ盛りの頃、
田沢湖のさらに北、
宝仙湖から玉川温泉、
そして八幡平(はちまんたい)を越えて、
岩手へと駆け抜けました。
そこは、光を纏った黄色の世界でした。
風に揺れるその黄葉は、光の瞬きのよう。
千葉県の紅葉を見慣れた感覚からは
あまりにも眩しくて、
ただただ、沈黙するしかありませんでした。
あの時の細胞が震えるような光の世界へ飛び込みたくて、実は秋の北東北の旅へ、秋田を離れた後もトライしています。ですが、どうしてもタイミングがうまく合いませんでした。が、遂に今年は八幡平アスピーテラインであの時に負けないくらいの色とりどりの世界と出逢うことができたのです。
あまりにも感動して興奮して、ちょっと路肩に車を置いて写真を撮ろうと思い立ちます。上り坂の道を端の方へバック。すると、アレ、下ってるにしてはやけにグッと下がるな・・・と思った瞬間、ヤバいと感づき即ブレーキ。ハンドル切り返してアクセルを踏むも、無力にもタイヤが回るだけ・・・やってしまった、脱輪です。落葉した葉っぱがいっぱい折り重なって側溝が見えにくくなっていて、まぁ、つまりは天然の落とし穴にハマってしまったというおマヌケな状態になってしまった訳です。
しかし、本当に有り難さを感じるのは、「なんだ?どうした!?」と、この惨状を見かけた通りすがりの観光客の方々が次々に車をとめて、助けに来てくれたことです。一人、またひとりと、次々に、続々と、どんどんと・・・・・って、ピーク時は総勢10人くらいに!さすがにこれだけの人数になるとかなり恥ずかしい(笑)。みんなで車を持ち上げてみようと試みたりしました。
ですが、両輪ぴっちり側溝に嵌っているため、これだけの人数をもってしてもビクともせず。さて、どうしたものかとその場に一瞬沈黙が訪れた時、不意に訪れた車から
「JAF呼びましょうか~」
との天使の囁きが。たまたま、この先にある「八幡平ビジターセンター」のKさんが惨状を聞きつけ駆けつけてくれたのです。
さっそくJAFに連絡。手を貸していただいたみなさま、真剣に脱出方法を検討してくれて本当にありがとうございました!
さて、JAFを待ちますが、八幡平は秋田県、岩手県の県境に跨がる山岳地帯ですから、JAFの基地から1時間半はかかります、と告げられます。待っている間、どうしようかと思っていたら、Kさんが辺りのブナ林の解説を始めてくれました。さすがビジターの職員さん!
なにやら足元をキョロキョロしているKさん。拾い上げたものをおもむろに手のひらに載せます。
「コレ、ブナの実なんです。
こうやってですね・・・」
と殻を剥くと、中から三角錐の形をした身がころころと顔を覗かせます。
「一般の木でいうドングリのような感じですね。
この皮を剥いて食べられるんですよ」
実を覆っている茶色の薄皮を剥くと、それはまさにブナのナッツ。恐る恐る頰張ってみると、意外にも美味しい!こっくりとしたほのかな甘さが感じられます。話を伺うとコレ、熊も好物なんだそう。この美味しさなら納得です(笑)今年はブナの実の「かなりな」当たり年だそうで、例年は殻は見つかっても、こんなに実入りがいいのは珍しいそうです。
Kさんのお話を伺いながら、ふと頭上を見上げると、こちらの喧噪をよそに、あまりにも美しい表情をして木々が降り注ぐ光を浴びています。なんだか、慌てふためいていたことが、ちっぽけなことに思えてきました。
「八幡平は(色づきが)黄色いんです。カメラマンの方から『赤がもうちょっとあるといいんだけど』って言われることもあります」
と苦笑いするKさん。一方で冬は
「スノーシュー・・・かんじきを履いて、雪の上を歩くんです。普段見える景色と違うので面白いですよ」
とも。山の魅力は本当に尽きることがないんだなぁ、そう頷いていたらJAFが登場!意外に到着が早く、3~40分ほどで到着しました。到着後はさすがJAF。ウインチで持ち上げて、瞬く間に脱出です。みなさんご迷惑おかけしました。そしてKさんには、山、そして自然の揺るぎなさを教えていただいた気がします。ハプニング時だったからこそ、なんだか身にしみました。本当にありがとうございました!
そして八幡平アスピーテラインを、岩手県目指してさらに進んでゆきます。
そして八幡平アスピーテラインを、岩手県目指してさらに進んで行きます。後生掛温泉付近の美しさといったら・・・
さらに標高が上がると黄葉も終わり、植生も変わってきます。そして、県境を越えて、ついに岩手県側へ。下り坂になって幾つかのカーブを曲がった時、思わず目を疑いました。
岩手の大地をはるか眼下に見下ろすトンデモない峠道に、ひときわ鮮やかなパラソル・・・・・ま、まさかこんなところで!???
そう、秋田県民にはお馴染み「ババヘラアイス」です。
私も秋田在住時代には幾度となく目にしてきました。国道の県境辺りや、人家も見当たらぬ峠道など、普通の感覚ではちょっとあり得ないようなところで、おばあちゃんがアイスを売っており、当地ではごく一般的に「ババヘラ」と呼ばれています。個人的には国道7号線の秋田・山形県境辺りに出没するババヘラが印象に残っています。
ちなみに、あんばいこうさんが「ババヘラの研究」(無明舎出版)を上梓されておりますので、ちょっと紐解いてみましょう。ババヘラを分かりやすく解説されています。
『道路沿いにビーチパラソルを立て、中高年の女性がブリキ缶に入ったアイスを金属のヘラでコーンに盛り付ける氷菓である。アイスそのものだけではなく、その独特の販売スタイルや売り子自身を指す言葉でもある』(あんばいこう「ババヘラの研究」)
そのあふれる笑顔で、きれいにバラの形に盛ってもらうだけで、なんだか嬉しくなっちゃいます。口溶けのいいお味もgoodです。
波瀾万丈な八幡平アスピーテラインでしたが、大切な記憶として、また私の中に刻まれてゆくのでした。